蔦には、以前無理矢理バスケットボール部に入部させられた事があった。
ほとんど脅しのような行為だった。だから当時の二人の関係は、あまり良好とは言い難かった。
今こうして並んで歩いているのが、とても不思議だ。
蔦はもともと、聡に恨みがあったワケではない。故に、事が収まれば別に対立するような相手でもないのだろう。
それどころか、自分の醜い部分を見せてしまった分、気まずさもあるがいまさら気取って付き合うでもない、腹を割って話せる存在と考えてくれている素振りも見せる。
振り回されたこちらとしては、恨み言の一つも吐きたいところ。
だが狂気とも思える行動を起こしておきながら、解決すれば何事もなかったのかのように声を掛けてくる、その割り切りの良さと言うか切替の早さ。呆れを通り越して感心すらしてしまった。
開き直りか? ここまでくれば芸術だ。
そして聡は―――
正直聡にとっても、蔦の存在は実は貴重だ。
自分の美鶴に対する想いを一番わかってくれるのは、ひょっとしたら蔦なのかもしれない。
瑠駆真という存在も無視はできないが、彼はライバルだ。
美鶴に対する想いを、気兼ねも遠慮もする必要はない。理解してもらえないかも? なんて不安も持たずに吐露できるのは、蔦なのかもしれない。
だからだろうか?
夏休み、家を飛び出した聡が学校へ向かった理由。蔦を相手にバスケでもすれば、頭もスッキリするかもしれない。
結局は、スッキリどころかとんでもない結果を招いてしまったのだが。
「モテてんだから、それはそれで羨ましいだろ」
「正直、迷惑だよ」
「うわぁ〜 贅沢な発言だなぁ」
言いながら蔦は、それほど聡を責めるでもない。
自分が聡の立場なら、やはり自分も、あの女子生徒たちを迷惑な存在だと思ってしまうだろう。そう理解できるからである。
外は蒸し暑く、天気は良い。
「なんと言ってくれてもかまわないさ」
軽く流し、足を止めた。
「で? 俺に何の用事だよ」
聡よりさらに数歩進んだところで、蔦もようやく足を止める。振り返りながら、少し呆れ顔。
「駅舎に行くんだろ? 山脇に遅れ取りたくないんじゃないのか?」
「まぁ」
「だったら歩こうぜ」
「歩くのはかまわないけど、何だよ?」
大股で蔦に近づき、怪訝に見下ろす。
その聡に、珍しく蔦は苦笑い。どことなく憂いも感じる。
らしくないな
憤ったり焦ったりする事はあっても、何かに憂いたりすることはないと思っていた。
まぁ コイツは見かけより奥の深いヤツだからな。
それは聡なりの褒め言葉。だが口に出すことはせず、黙って相手を待つ。
「今日さ」
ポツリと、呟くような声。
「ツバサ、何かヘンじゃなかったか?」
「へ?」
ツバサ絡みであろうとは、大方予想はしていた。蔦の頭は、いつも彼女のことで一杯だから。
だが、そんな質問が飛んでくるとは思わなかった。
間抜けな声と共に記憶を遡り
「いや、別に……」
と答える声の語尾を澱ませた。
「うーん そう言えば、ちょっとボケてたかな?」
「ボケてた?」
「あっ ボケてたってか、ボーっとしてた。何か心ここにあらずって言うカンジだったかな」
「そう……」
蔦はそのまま黙りこくり、視線をあらぬ方角へ移す。
…………
うーん、こういう場合って、こっちから聞いた方がいいのかな? それとも、気付かぬフリでもしてた方がいいのかなぁ?
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